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“ハタチの献血”
 私にゃあ全然関係なかったけど、巷は成人の日関係で盛り上がっているようだ。
 “ハタチの献血”。そんな言葉がラジオから聞こえてくる(現在これは車の中で信号待ちの時間を使って書いている)。「大人になったんだから…」とラジオのパーソナリティが語る。「今まで押さえ付けられていたものが解放され、自由を手に入れると同時に、社会に対する責任も生じてくる」と彼は続ける。

 だから献血しろってか? 私は生まれてこのかた献血ってものはやったことがない。友達には“献血マニア”というヤツがいて、前回の献血日を詐称してまで日々献血に励んでいるが、私はごめんだ。だって痛いじゃん、注射。私、注射は大キライ。多分、幼稚園くらいの時からのトラウマがあるんだと思う。

 血をあげることはやぶさかでない。多分、私の血はとっても濃くていい血だと思う。何の根拠もないけど、私の中から沸き起こるエネルギーは、何だかその濃すぎる血にせかされているような、そんな感じがあるから。いや、無理矢理根拠を考えれば、1)昔っからなんだかずば抜けているこの基礎体力。2)医者嫌いの私がどうにも耐えられず病院に行って検査を受けると、その度に感心される私の健康な肉体。(こっちは具合悪いって言ってるのにさぁ...)
 このエネルギーはどこから来るの?って、まるで子供のような私だから、少しくらい血を抜いてもまだまだおつりがきそう。痛くしないでくれるなら、寝ている間にでも抜いてくれるならいくらでもあげるわ、って感じ。

 そんなことで大人を証明しなくてもいいよね?(根性なしの自己弁護…) それと気になったのは、ハタチになると何から解放されるの? そもそも押さえ付けられてきているの? 今どきの子供達は。 私の時代だってそう大して変わらないけど、タバコやお酒は高校生だって平気でやってるし、最近じゃあヤバイ薬も女子高生が売っていたりするらしい。まあ、法律的には解放されるのかもしれないけど、今どき吸っている子は平気でおもてで制服を着たまま吸ってるしなぁ...。だから何なの、って感じ。逆に大人になったんだから、そんな馬鹿なことはやめようぜ、ってことで“ハタチの禁煙”なんてのもあるけど、わたしゃ、これもやらなかったな...。

 で、次に気になるのは「同時に生じる社会的責任」の方。これもさ、「少年法」から守られていた時代を抜けるのかもしれないけど...あれ? 少年法って19歳までだったっけ? まあいいや。ハタチからは罪になるという仮定のもとに話を続けよう。
 これは確かに大きいかも。十分に認識してほしい一点ではある。でも、逆に言えば、大いに認識しているからこそ「ハタチになったら罪になるから今のうちに思う存分悪いことをやっておこう」なんてアホなことを考える輩が出てくるようだ。まいったな。やめてくれよ。法律がどうこうじゃなくてさぁ、人としてやっていいことと悪いことの見極めくらいはしろよな。って思うぜ。

 ラジオの話に戻って、リスナーとのやり取りの中で、「年はいくつ?」「二十歳です」「え、じゃあ成人したの? もう大人だね」「いえいえまだまだ子供です」なんて、型通りといえば型通りだけど極めてアホらしい会話がかわされていました。
 成人式でも二十歳の誕生日でもいいけど、「昨日までは子供でしたが、今日から大人です」なんて、そんなもんじゃないよね。だいたい、自分が幼かった頃は5歳、10歳年上の人を見て「大人だなぁ」なんて感じていたけど、いざ自分がその歳になってみると、「あの頃から全然成長してないなぁ」「いつまでも気持ちはこどもだ」などと思うわけだ。まあ、それなりに成長はしているとは思うんだけど...。

 ここで、“大人になる”ってどういうこと? って考え始めた。成人したら大人? 就職したら大人? 結婚したら大人? 親になったら大人?
 “親になる”ってのはとっても重要なポイントだとは思う。でも、子供がこの世に出た瞬間から、物理的には“親”なんだけど、本当に、内容的に、人間的に“親になる”ためには子供の成長と同じくらい時間が必要なんじゃないかな。子供が人生の一年目を歩んでいる時はお母さんも「母親一年生」だし、二年目ならお母さんも「二年生」。そうやって、親は親で子供に育てられるんだよね、きっと。

 そういう意味では、私ももういい歳だけど、親じゃないからある面、大人じゃないかもな。次、結婚したら大人か。これは一回したぞ。これもまた、した瞬間に大人になるわけじゃないけど、今まで他人だった二人が一つ屋根の下に住み、同じ人生を歩んでいくには多かれ少なかれ忍耐が必要。きれいに言えば、譲り合いの気持ちやお互いを思いやる気持ちを学んでいくんだろうな。私は結局投げ出してしまったから、これも×かしら...。

 でも、少なくとも、自活するようになった。生活していく上での事務処理も自分でやるしかなくなったし、ごはんを作ってくれる人も洗濯をしてくれる人もいない。そういう自立も大人への一歩よね。でも、それは何も結婚じゃなくても、入学や就職を機に独り暮らしを始めるってパターンでも同じよね。まあ、学生の独り暮らしは、人にもよるけど、金銭的にはまだ親に頼る部分が大きいだろうから、就職して自分の生活を金銭的にも自分で支えられるようになるってのも重要な“大人への一歩”よね。これはまあ私も合格かな。

 とりあえずはざっと考えるとこんなところ。ラジオの一言から、こんなにいろんなことを考えてしまった。でも、このテーマはおもしろいから、また別に書こうかな。

あなたの足跡を残そう!
  


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