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特別編:介護日誌

3/10(水) 介護五日目
 まずは間抜けなやりとりをひとつ。

 この日、アメリカから一時帰国した両親が叔父ちゃんのお見舞いに行っていた。私はいつものように夜7時のあずさで甲府に向かった。「向こうでみんな一緒に夕飯を食べることになったから、電車の中でお弁当を食べずに来てね」と言われていた。
 本当はとってもお腹が空いていたんだけど、我慢して、そのまま甲府に到着。

 甲府駅には両親とマナちゃんと義江さん、と総勢4名が迎えに来てくれた。で、私を加えて5人で駅を出て、駐車場に向かった。ふとそこで気になった。「東京行きの電車は何時まであるんだろう?」と。いつも私は8時頃帰るけど、それ以降、そんなに何本もなかったと思うんだけど...。現在8時45分。パパ達は時刻表を見たんだろうか?

 「ねえ、パパ、時刻表見た? 電車あるの?」と聞いてみる。「え? 見てないよ」とそのまま出かけようとするので、「ちゃんと見ておいた方がいいよ」とアドバイス。
 案の定、電車はなかった。9時8分発が最終。「じゃあ、ここで」とパパ達は帰ることになりました。チャンチャン。

 結局3人で食事をしたわけだけど、食事中および車の中でここ3週間の叔父ちゃんの様子をいろいろと教えてもらった。そしてわかったこと。私はマナちゃんのメモの一部について大きな勘違いをしていた。

 「首は曲がるが自立(右前方に傾く)」のこの一文。私は、「首は曲がるが、自立(立つことができる)」だと思っていたんだけど、実際には「首は、曲がるが自立」であり、「自立」は首にかかっていたのだ。つまり、ご本人は立つことはできない。いや、立つどころか座ることもままならない。車イスには座っているものの、お医者さん曰く、「あれはベッドに寝ているのと大してかわらない」のだそうだ。

 それでも、リハビリ病院に転院して、叔父ちゃんの生活が大きく変わったのは事実。食事は3食自分で食べるし、その他細かいスケジュールがあって、なんとも忙しい。これでは付き添いの私達の方がまいってしまうぞ、というくらい忙しかった。
 行く前にマナちゃんがぼやいていたのは、ふと気がつくと自分の食事のタイミングを逃してしまうということ。今日は気をつけよう、と思った。

 前の病院ではだいたい9時から10時くらいに着くように行っていたが、今回は7時半には家を出発。前の病院は10分弱で着いたけど、今度は少し遠くなっているので、8時くらいに到着。すでに朝の食事が始まっていた。
 自分で食べるようになったら、叔父ちゃんは驚くほどのスピードで食事を片づけていく。まわりの人の3〜4倍のスピードだ。

 朝食が終わったら歯磨き。これもある程度はやってあげるが、基本的には自分でやる。水道のところに車イスを横付けすると、右手を延ばして水を出す(ひねるタイプではなく、上下に動かすレバー)。水を出すと、ジャージャーと全開で出しっぱなしにする傾向があるんだけど、ここは我慢して「コップが一杯になったら、まずは水を止めてね」と語りかける。なかなか反応してくれないんだけど、何度か言うと、ようやくゆっくりと手を延ばして...更に開けたりするから困っちゃう。

 何とか水を止めて、次にコップを口に運ぶ作業。これが結構大変。右手は元気なはずなんだけど、そうは言ってもかなり筋力が落ちているようで、水がいっぱいに入ったコップを持ち上げるのはかなりしんどいみたい。シンクの縁に引っ掛かってしまって、なかなか口に運べない。

 ここもまた何とかクリアして、縁の上にコップをのせて一休み。次は口をコップまで運ぶんだけど、首がしっかりしていないのと、腹筋・背筋が落ちてしまっているため、体を前に乗り出すのが一苦労。コップの水を口にふくむ時よりも、それを吐き出す時の方が、より深く身を乗り出さなくてはいけないので、難しい。3度の食事の度に水浸しになっている状態だった。

 朝食が終わると「朝の起立体操」ってものがある。廊下についているバーにつかまって立ち上がり、一回立ち上がる毎に首の運動をしたり、屈伸をしたりするんだけど、叔父ちゃんの場合、立ち上がる気配もない。そりゃそうだ、焦っちゃいけないって思うけど、10数回繰り返される「立ち上がり」の掛け声の中、ビクともしない叔父ちゃんを見ていると、何となく悲しい気分になってくる。

 起立運動が終わって一息つくと、リハビリの時間。リハビリ室に移動する。叔父ちゃんは右手で車イスをこいではいるものの、前には進まない。手を離した瞬間に戻ってしまうから。だから、後ろからそっとついて行って、気づかれないように車イスを支える。決して「押す」わけではなく、戻りを抑えるだけの力をかける。

 午前中の最初のリハビリは、右方向に曲がってしまっている首を真っすぐに矯正するための砂袋。横になって、首の右側に砂袋を置いて、圧力をかける。本人は痛いらしいけど、「我慢、我慢」と諭して約10分。
 その次は、ここに来て急に動くようになった右足の運動。仰向けになって、ヒザを曲げ、伸ばす。これを30回繰り返すように言われたが、結局15回で止まってしまった。その後は何度言っても動かなかった。一度止まると本人もどうやって動かしたらいいのかわからなくなるらしい。

 この時、少し休憩がてらおしゃべりをする。「昨日は誰が来たの?」と尋ねると、「まずはのりちゃんでしょう...」と言う。おいおい、私は今日だよ。昨日は来てないよ。昨日来たのはうちの両親とそれから昔のお友達でしょ。という話をしたけど、反応なし。なぜか「のりちゃんでしょう...」となる。
 まあ、忘れられるよりはいいか。(私が)

 そうこうしているうちに11時。「叔父ちゃんの昼食時間の前にお昼を食べてこよう」ということになったが、午前中のリハビリの間に病室が移動になっていたので、ベッドの上に山積みにされた荷物の整理に時間がかかり、結局11時半をまわってしまった。
 移動前は2人部屋だったが、今度は6人部屋。「2人部屋はもっと症状の重い人に」という話だった。叔父ちゃんはかなり重い方であるような気もしたが、実際には車イスにも乗れない人もいるのだから、いい方なんだろうと納得。

 12時。ひとときの休憩から戻り、食事、歯磨きと朝と同じルチーンを繰り返した後、今度はひげ剃りもやる。これは前の病院にいた時もやっていたが、ポイントは「鏡を見ながら」やること。「自分の状態を認識すること」がひとつ大事なポイントで、もうひとつは「鏡を見る」という行為によって、「顔を上げる」のが今の叔父ちゃんにとっては課題なのだ。

 ひげ剃り自体はわりと上手にできるんだけど、ふと油断すると電気カミソリをもみ上げや髪の毛やまゆ毛に持っていってしまう。ハゲが出来たら嫌なので、慌てて止めるが、何度止めてもやっちゃうのよね。まあ、でも、電気カミソリじゃあ毛先しか切れないだろうと思って諦めました。
 髪がのびているのが気になるのかと思って、「散髪」の約束をしました。

 そして午後のリハビリ。と思ったら、担当医が「そうでしたっけ?」みたいな状態で、左腕を釣るためのベルト(?)は作ってくれたものの、リハビリはしてくれなかった。しかし、リハビリ室では部屋の中央にネットが張られ、何やら楽しげなことが始まりそうな雰囲気。

 始まったのは風船バレーだった。ルールはただひとつ。風船を下に落としたら相手チームに1点。同じ人が何度叩いてもよし。ボール(風船)を持ってもよし。車イスが並んでいる範囲を超えて飛んで行ったら、周りの看護婦さんが拾ってくれる。
 しばらくは見ていたけど、2回戦からは叔父ちゃんも参加。とはいえ、視線が下を向いてしまっているので、まともにボールは打てなかった。

 風船バレーの様子を見ていると、患者さんの回復状態の違いがとてもよくわかる。同じ車イス患者でも、体を左右前後に伸ばしてトコトン拾う人もいれば、自分の目の前に来ても反応できない人や持ってしまうと、そこからボールを打ち上げられない人もいる。それでもこうしてみんなで何かをやるってのは重要なリハビリなんだろうな。

 試合が終わったら、「部屋に戻って“座る訓練”をしましょう」という話になり、一旦病室に戻る。
 素人には恐くてできない「車イスからベッドへの移動」を先生がやってくれて、そのままベッドの端に座らせる。元気な右手でベッドの手すりを握りしめてバランスを保つ。「このままの姿勢をしばらく保ってください」と言い残して先生が去り、代わりに私が叔父ちゃんの後ろにまわって「倒れてきた時の支え役」をする。

 不思議なことに、先生がいた時はちゃんと自分の力で座っていたのに、先生がいなくなるとすぐにふらふらし始める。前に倒れるか後ろに倒れるかのどちらかで、じっとバランスを取るということができない。首が曲がっているため、頭の重みで前のめりになってしまうのはわかるんだけど、どうして先生の前だとできるんだろうなぁ...。

 「座る訓練」の後は、3時半から「言葉の訓練」が始まるので、再びリハビリ室へ。10人近くの患者さんが、テーブルを囲んで発声練習をする。私はやることがないので、リハビリ用の畳の上でしばし居眠りをしてました。
 ふと気づくと、訓練は終わっており、テーブルには叔父ちゃん一人がぽつんと取り残されていた。もちろんマナちゃんはいたけど。

 叔父ちゃんが「風船」と言うので、さっき、風船バレーに使ったオレンジ色の風船を取りだして投げてみる。すると、今回はちゃんと打ち返して来る。「すごいっ!」とマナちゃんと2人で感激。だって、あんなに曲がっていた首をしっかり起こして、頭の上から落ちてくる風船を見据えているんだもん。そして、びっくりするほど機敏に右手が上がり、風船を打ち返している。
 それを見ていたリハビリの先生も「こりゃいい!」と感激。「ここに来て、一番いい表情を見せてくれた」とも言っていた。確かに、目つきが違う。こんなにしっかり、意思を持って何かを見ている表情はなかなか見れないもの。

 いつまでも風船遊びをしていたかったところだけど、テーブルを他の人達が使うということで、退散。部屋に戻って一旦ベッドに寝かせて下のチェック。そうこうしているうちに5時になり、「夕方の起立運動」が始まった。

 5時半。食事は6時からだけど、とりあえず、食堂に行って食事が出るのを待つことにした。30分時間があるから、ということで、今度は字を書く練習をしてみた。「“高橋 毅”って書いてみて」というと、これはスラスラと書いた。しかも、以前の叔父ちゃんの字であることがはっきりとわかる。
 「自分の子供達の名前を書いて」とリクエストすると、「信、望、愛」と書いた。本当は上から「望(のぞむ)、愛(まな)、信(しん)」なのだが、この3人の名前は聖書に出てくる「信(しん)、望(ぼう)、愛(あい)」という言葉からつけられているので、これはこれで正解。しかも、「愛」には「(あい)」とまで注釈を書いた。
 その他、自由に書いているものはなかなか解読できない。ひとつだけ、「4月28日」とはっきりと書いたのが謎である。この日は何の日なんだろうか。マナちゃんに聞いてもわからなかった。

 6時。夕飯だ。この時間になると、あちこちに患者さんの家族が出没する。朝・昼は一人で食べていた患者さんも、夕飯は家族に食べさせてもらっている人が多い。でも、私は思う。この時間しか来れないから、来れる時にはいろいろやってあげたい、という気持ちが働いているんだろうが、自分で食べれる人に食べさせてあげてはいけない。時間がかかってもいいから自分で食べてもらわなきゃ。できるんだから。

 叔父ちゃんの夕食と歯磨きが終わって一息ついた頃、義江さんが現れる。そろそろ私も帰らなくてはいけない時間だ。
 ということで、叔父ちゃんをベッドに寝かせ、「じゃあね、また来週ね」と声をかけて出る。その時はあっという間に眠りに入っていたみたいだったけど、声をかけた時には唇が「じゃあね」と動いたようだった。
 来週はきっと、もっともっと元気になっているだろう。 (1999/3/10)

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