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アメリカ・スクエアダンス初体験記

CSC News No.1(1996.02.12発行)より  


文責:楠美 典子  

■NYで日本より日本らしいお正月を
 時の経つのは速いもので、もう既に1か月前の話になりますが、年末年始に10日間かけて竹内夫妻と3人でアメリカに行って来ました。目的はClark BakerおよびLinette主催の“New Years Weekend”に参加することでした。場所はアメリカ東海岸のニューヨークから車で6〜7時間北に上ったニューハンピシャー州の山奥。レベルはハードC3で少しだけイージーC4の時間もありました。このダンスが12月30日〜1月1日の2泊3日だったのですが、私達3人は以下のスケジュールで10日間を過ごしました。

27日 日本を発ちNYの私の実家へ
いきなり夕食は鍋料理でした
28日 日本語放送を見ながらゆっくりする
母親の八百半への買い物につきあう
29日 午後から飛行機でNHへ
アメリカ人と合流し、苦手な社交の時間
30日 午前中はまたまた社交の時間
午後からダンスが始まる
31日 一日中踊っては食べて、食べては踊って
年越しは何のイベントもなくひっそりと
元旦 午前中に最後の踊りのセッション
ランチを食べて解散 → NYへ
2日 お雑煮とおせちの朝。昼間は留守中の
日本語放送のビデオを見て過ごす
3日 昼間はのんびり。夜はNHで友達になった
ダンサーのワークショップに参加
4日 3日の夜から徹夜でお酒を飲んで過ごす
2日酔い状態で飛行機に乗る→日本へ

 このように、たった2日間のダンスのために10日間割いて(4日の朝にNYを発つと日本に着くのは5日の夕方になる)行ってきました。
 NYにいる間は親の世話になっていたため、めちゃくちゃ日本的な生活をしていました。一日中テレビからは日本語しか聞こえてこないし、かかってくる電話にも「もしもし」と出てしまっても差しつかえのない状態。初日は鍋、2日目は八百半で買い物、夜は日本酒、正月はお雑煮とおせち、2回した外食は寿司と中華料理といった具合。
 しかし、これと対照的だったのがNHでの4日間です。(右上に続く


■9Meals in Shower of English!!
私は帰国子女です。11歳から18歳までの7年間は日々英語のシャワーの中で過ごしてきたわけですが、日本に帰国してから10年。こんなに英語に触れたのは初めてでした。
 何と言ってもつらいのは“食事の時間”。29日の夕食から数えて合計9食を英語のシャワーの中で過ごしたのです。皆さんご存知の通り、アメリカ人はめちゃくちゃ食べます。つまり、こちらがお腹がいっぱいになっても、いつまでもいつまでも食べているのです。その間は何となく席を立ちにくいし、一緒に座っているんだから多少おしゃべりもしなくちゃ、ってことで眞理子さんは一生懸命“I have a question”と会話をスタートさせてくれていました。
 こんな感じだったので、年が明けてNYに戻った時に思いっきり日本的な正月を過ごせたのがとても良かったような気がします。

■緊張感のある“超ハイスピードダンス”
 さて、本題のダンスの方ですが、ハードC3と言って、どの程度のものが出てくるのか、来ている人達はどれくらい踊れる人なのか。何しろSD歴も浅く、アメリカで踊るのは初めてだったので何もかもが未知の世界でした。
 竹内夫妻に色々教わったのですが、ダンサーはかなりハイレベルの人達が集まっていたようです。コールは…難しくないと言ったら嘘になりますが、踊りやすいように作ってある感じでした。難しさよりも踊りやすさや“おしゃれさ”を重視した内容だと思います。(難しかったのも事実ですが) それから、内容よりもコールのスピードが驚きものでした。とにかく速い! 一瞬でも迷ったら駄目ですね。形を瞬時に把握して、次のコールがかかったら、本能のおもむく方向に進む、って感じでした。最初の1歩は半分くらい“勘”で動いていたような気がします。
 そして周りのダンサーについて感じたことは、


 1)確認の言葉が多い
  すばらしいチームワークだ!
 2)壊れてもリカバリーが上手い
  何であんな所から復活できるの?
 3)元気で楽しそうに踊る
  これだけやったら喜んで当然だよね

などでした。


■何が彼らをこう育てたの?
 踊っていて「違うな〜」と思った。ダンサーもコーラーも。そして食事の時や散歩の機会にアメリカのトップダンサー達と話していて色々なことを考えました。“何が違うんだろうか”ってことを考えました。
 コールについては、“止らないでハイスピードで動く”ことによって集中力がどんどん高まって行き、普段ではとっさに判断できないような難しいコールが動けるようになってしまうようです。これはとても気持ちの良い感覚です。その緊張感の中、何とか踊りきることの楽しさを覚えてしまいました。日本でもぜひ、こういうダンスができる機会を増やしたいと思います。そのためにはダンサーのレベルも大切です。
 もう一つ、日本と大きく違うと感じた点は、今回のWeekendはコーラー主催のものであり、オープンとは言え、かなりハイレベルの人が集まっているという点です。そしてClarkはダンスレベルを保つために、ダンサーに対してきついことをはっきりと言います。
 今回私はC3を踊りに行ったのですが、C4もあると聞いて「どうしようかな」と思いました。実際にC3を踊ってみると、とてもこのスピード、この内容でC4なんて自分は踊れないと思いました。そしてC4のセッションが始まる前にClarkは私に言ってきました。「今回はやめておいた方がいいんじゃないか」と。その理由はC3でパーフェクトなダンサーとして認められる前にC4に入ってしまうと周りのダンサーの心証を悪くするから、ということでした。「アメリカ人もそんなこと考えるんだ」というのが最初の感想でしたが、とてもいいアドバイスだと思いました。 これに対して、日本のコーラーは決してダンサーを選ばない。ジャッジしない。あなたはいいとか悪いとか、何も言わない。それでいいのだろうか?
 次にダンサーについて。まずはダンサーがコーラーと対等の立場にいるという点に感心しました。コーラーに文句をつけるパワーもあるし、コールの解釈についても対等に議論できる。それだけ考えて考えて自分のものにしているということなんでしょう。また、日本では「コーラー=先生、ダンサー=生徒」のような図式が感じられますが、アメリカのダンサーはとても自立しています。ダンサーがテキストを作り、問題集を作り、ワークショップを開いています。こうすればダンサーは強くなり、コーラーにはコールに専念できる(^ ^) (右上に続く

■さて、どこから手をつけようか?
 これから書くことは私の個人的意見です。恐らくCSCの趣旨と大きく違えることはないと思いますが、念のため。
 問題はいろいろあります。
 まず、コーラーにはもっと“DANCEABLE”(ダンサブル=踊れる、踊りやすい)なコールを気持ちの良いスピードでコールしてもらいたい。ただし、ダンサーを無視してコールしてもしょうがないので、ダンサーの方の問題も考えなくてはいけない。
 ダンサーにはいろいろな意味でもっと元気になってもらいたい。次から次へと上のレベルのワークショップを受けるばかりではなく、1つのレベルをじっくりと躍り込んで超ハイスピードのダンスを踊ることの楽しみをみんなに知ってもらいたい。そして感動のGet Outの時はぜひ大騒ぎしてもらいたい。踊りを楽しめる余裕をもってもらいたい。
 次にダンサーに望むことは“コーラーからの自立”です。コーラーがいなくても勉強はできる。ダンサー主催のワークショップがあってもいい。コーラーの言うことは必ずしも正しくないということを認識して、変なことを言うコーラーには噛みついてもらいたい。そうなればコーラーも周りのダンサーにもっと育ててもらえるようになるでしょう。それにダンサーが自立することによってコーラーの時間に余裕が出て、コーラーはもっと自分自身が踊る機会を増やせる。いいコールを作る時間もできる。一石三鳥です。

 これらの夢を具体的にどうやって実現していったらいいのかは現在悩んでいるところですが、CSCの活動でかなりの部分をカバーできると考えています。また、現在私が通っているチャレメ(チャレンジメイツ)を何とかこの思想に乗っ取って、“最強のC2のクラブ”にしてしまいたいと考えています。世の中、何をやるにしてもお手本があった方がいいし、チャレメはチャレンジのクラブとしてはかなりのマンモスクラブなので影響力が大きいと考えました。
 後はこれから考えますが、できるだけ多くの人にこういった考えを知ってもらい、ご賛同をいただくことが最初にしなければいけないことだと思います。
 みなさんからのご意見・アドバイスをお待ちしています。


   

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