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天国地獄


 時々、ものすごくいい思いをしたり、逆にものすご〜く嫌な思いをしたりしますよね。ここでは、毎日の生活で腹が立ったこと、うれしかったことを書いてみます。

あなたの足跡を残そう!
  

 99/07/26 私の茶碗蒸し……
 99/04/30 システムトラブル続出!
 99/04/02 私の居場所はどこに?!
 99/03/18 タクシー三昧さっ!
 99/02/12 親切な眼鏡屋さん
 99/01/25 ありがとう
 99/01/11 いつになったら解放されるのやら
 98/12/27 ささやかなしあわせ
 98/10/17 Welcome Back, My License!
 98/08/09 Come Back! 健康よ
 98/06/23 Norton様さま!!
 98/06/21 データ破壊の恐怖
 98/05/12 この世に神はいないのか?!
 98/04/23 山梨に出頭〜〜?!
 98/03/30 地獄からの生還
 98/03/14 が〜ん!ぶつけちまったぁ
 98/03/10 許せん! JR!
 98/03/05 木曜日は雪にまみれて
 98/03/03 車のある生活、復活!
 98/03/01 久々の大爆発!
 98/01/17 地獄はまだまだ続く
 98/01/08 初雪パニックでGood Choice
 98/01/07 後輩の成長に涙する時
 98/01/04 失敗の連続
 98/01/03 しあわせの時
 97/12/28 ううう、アステルぅ〜

7月26日(月)私の茶碗蒸し……

 それはチャレメの帰りの飲み会でのことだった。その日、いつも宴会を仕切る人達がいなかったので、端の席に座っていたこともあり、私が注文を仕切ることにした。
 宴会も中盤を越えた頃、誰かが「茶碗蒸し」を頼もうと言い出した。希望を取ったところ、12人中10人が「食べる!」と言ったので、その通りにオーダーした。しばらくして茶碗蒸しが運ばれて来た時、隣にいた馬場さんが蓋を開けたとたん「あ〜あ」と声をもらす。そう。その茶碗蒸し君は月の表面のようなあばた状態でした。当然一緒に蒸した他の9つもそんな感じだったわけだが、皆「しょうがないな」とさほど気に止めることなくおしゃべりを継続しながらその茶碗蒸しを消費していった。
 しかし、幹事として、茶碗蒸し好きとして、そして高校時代ずっとサービス業に従事していた者としてこれは許せなかった。普通じゃない商品を出しておいてそのまま通常料金を取るのは絶対に許せない。だから私はその茶碗蒸しに手をつけず、ウエイターを呼び止めた。
 「これでいいの?」と茶碗蒸しを指差して詰問したところ、その若いウエイターは「僕はよくわからないんで」と戸惑っていた。とりあえず、「わからない」済ませる気はなかったようで、私の茶碗蒸しを持って厨房に引っ込んで行った。
 私はそんな状態でも一応茶碗蒸しは食べたかったし、もう時間が遅くなってきていたので「作り直せと言っているわけじゃないんですよ」と最初から断っておいた。しかし、しばらくしてそのウエイターは手ぶらで帰ってきた。
 厨房に持っていったところ、調理担当者は自分の非を認めたらしい。「あれは出せる商品ではない」と。それはいいんだけど、私の茶碗蒸しはどうなったの? 「作り直して欲しいわけじゃないんです」ともう一度言ってみたが、検証するためにさっきのは中までひっくり返してしまったらしい。そう言われては仕方ないので作り直しを待つことにした。ただ、他の9個は悲惨な状態のまま消費されてしまったわけだし、こういうストレスを客に与えた場合、単なるリプレースでは済まないというのが私の考え方だ。「で、どうしてくれるの?」と対応を迫ると今度はもう少し偉そうな感じの人が出てきて、再度状況説明と謝罪をする。もちろん「10個分の茶碗蒸しの代金は頂きません」と言ってきた。「それは当然」という顔をしていたらビール2杯分の無料サービス券が出てきた。
 話の決着がついて、店の人がいなくなった瞬間、私はみんなに向かって「今の茶碗蒸し、只になりました」と報告。「勝訴!」って感じ。そして、玉木さんとちゃっくに無料ビールをふるまう。
 そうしてすっかり気分よくなって店を出て、みんなとしゃべりながら電車に乗ったその瞬間、思い出したのだった。私は「茶碗蒸しを食べていない」ということを。かなり酔っ払っていたのであまりはっきりとした記憶ではないのだが、その後かなり長い時間さっちゃんと話し込んでいたと思う。だから、茶碗蒸しが出てくるためには十分に時間があったはずだ! なのになぜ? ....すっかり忘れていた自分がなんだかとっても情けなくて、悔しくて...。
 誰か私においしい茶碗蒸しを食べさせてくれぃ!

4月30日(金)システムトラブル続出!

 4月の人事異動で、私はシステム担当から外れたはずだった。でも、正式な引き継ぎもしてないし、引き継いだからと言って、次の担当者が即時に何もかも出来るようになるわけではない。そんな状況の中、なぜか狙ったようにシステムトラブルが続出する。まいった。

4/12(月)朝、会社に行くと、サーバがクラッシュしていた
いろいろ手を打ったが、全く読めず、データ救済の業者に頼むことにした
4/19(月)
  • 引っ越しがあったため、共有マシンのセットアップに追われる
  • 引っ越しを機に、マシンの不調を訴える人が続出
  • 新しいサーバシステムの構成を考え始める
  • 夜遅く、救済されたデータが戻ってくる
  • 4/20(火)
    〜21(水)
    徹夜作業
  • 新システムのために内蔵HDを2台購入することに
  • そうこうしているうちにメンバーのマシンがダウン
    (内蔵HDもう1台追加購入)
  • クラッシュに遭わなかった方のデータをすべてCDRに逃がす
  • サーバマシンを2台から4台に増やす
  • すべてのデータを外づけHDに逃がす
  • 内蔵HDを3台づつ積む
    IDがバッティングしまくりで憔悴)
  • 順次、初期化、システムインストール、データの戻し作業をする。
  • 4/21(水)
  • 自動バックアップシステムが正常に稼働すれば完成なのだが…
    (これがうまくいかない)
  • テストバックアップ中に何度もハングアップ
    (バックアップ用のHDが読めなくなる)
  • 何度か同じことを繰り返すうちに、外づけHDをも巻き添えにし、ダウン
    (一部データが完全消失
  • クラッシュ時の救済業者にコピーがあったのでそれを再納品してもらう
  • 4/22(木)CDRが読めないことが判明(ガ〜〜〜ン!)
    4/26(月)再度救済業者に泣き付く。CDRを預ける
    4/27(火)
  • 昼:「すべて救済できました」の連絡を受け、大喜び
  • 夜:納品に来たが、データは読めなかった
  • 4/28(水)どうなっているのか、連絡をくれるはずなのに来ない
    4/29(木)夜が明けて(徹夜してた)、業者に電話したら逆ギレされた
    CDRを突っ返され、「この話はなかったことに…」と言われた
    というわけで、まだ、何も解決していない。どうしよう...


    4月2日(金)私の居場所はどこに?!

     4月、それは組織変更および異動の季節。私は仕事はだいたい今までと変わらないけど、組織変更で新しい課になった。去年の4月ははっきりとした異動で、その時は「皆川グループ」という新しい課ができて、そこに配属になった。皆川グループは今まで各課に配属されていたアルバイトの人達を一箇所に集めた新しい試みだった。私は唯一の社員としてそこに配属され、メンバーのスケジュール管理と教育を任された。そして半年後、「このまま行けそうだ」という判断からか、私はもといた分析グループに戻った。でも、皆川グループのみんなとはいつまでも仲間さ! と、ここまでが背景説明。
     4月1日木曜日、期末の仕事の山を乗り越えて一息。夜は新しい課で花見だったけど体調が悪かったので、休みを取った。でも、どうしても片付けなくちゃいけない仕事があったので、家でメールのやりとりをして一仕事こなした。その時、新しい課で一緒になった子から「コアタイム復活」という話をメールでもらった。「そんな話いつされたの?」と聞くと「今朝でんがな」とわりと冷たい返事が返ってきた。おや? と思っていたら、実は木曜の10時から課会だったらしい。
     翌日、昼食の時に課会での話が話題になった。今更ながら「昨日、課会だったんだって?」と聞くと「そおだよぉ、なんで来なかったの?」と言われる。「だって知らなかったんだもん」「え〜、メール来てたでしょ?」「へ? もらってない...と思うよ」というやり取りが続く。席に戻って彼女がもらったメールの宛先をチェック。私のアドレスはなかった。忘れられているのか...。
     もうひとつ、昼休みのやり取り。一緒にお昼に行ったのはほとんどが皆川グループのメンバー。何げなく会話していたら、「私達これから温泉だも〜ん」という話。「何それ?」と聞くと、「皆川グループの解散会だよ〜」と明るい返事が返ってきた。「おいっ! どうして私はそこに入ってないの!」と首を締めてやった。「あ〜〜〜、ごめ〜〜〜ん。課会で言っただけだったから....忘れてた〜〜!」だって...。いいのよ、いいのよ。どうせ、どうせ...。私は忘れられる存在なのねぇ。....。こんな会社やめてやるぅ〜〜〜〜!



    3月18日(木)タクシー三昧さっ!

     昨日、CO3の例会があった。そしていつものように飲みに行った。「今日こそは早めに帰ろう」なんて、思っていたんだけど、宴会中盤で頼んだオニギリが11時を過ぎてもなかなか出ない。お陰で「頼んだ人は帰るな」と足止めを食らった。しかも、オニギリを頼んだつもりだったのに出てきたのは焼オニギリ。それを食べ終わって腰を上げたころにはもう武蔵野線には間に合わないことが確定していた。
     東京駅から「行けるところまで行って、タクシーに乗ろう」と考え、中央線に乗った。そして寝た。………。気がついたら西八王子だった。こんなところまで来たのは初めてだ。もちろんのぼりの電車は1本もない。いくらかかるか見当もつかなかったが、他に道がないのでタクシーに乗った。この時点で既に2時だった。本当なら1時40分頃には家についている予定だったのに……。
     結局タクシー代は1万5000円。これじゃあ会社からタクシーで帰ったのと同じじゃんか。素直に東京駅からタクシーで帰ればよかったのか?! しかも到着時間は3時。東京駅からタクシーで帰れば、多分1時半前にはベッドの中だっただろうな。
     そう言えば、先日もタクシーに豪快にお金をつかってしまった。最初はチャレメに駆け付けるため、1チップでもいいから踊りたいという思いから、会社からなかのZEROまでの交通機関にタクシーを選んだ。約4000円(改めて考えるとすごいな)。
     その後、飲み会が長引き、武蔵野線には間に合わないと思ったので、西武線に乗るため、中野からタクシーで石神井公園駅を目指した。が、乗っているうちに具合が悪くなった。「お客さん、着きましたよ」と起こされて、一応お金を払って降りたものの(ここでいくら払ったのかは覚えてない)、どうにも電車に乗る元気がなく、再びタクシー乗り場に舞い戻る。電車一本で20分弱で行ける所の駅前から「すみません、秋津まで」と馬鹿みたいなオーダーを出す。
     結果的にこの日は会社から家まで、「Relay the Taxi」状態。しかも最後のrelayはとっても間抜け。中野から真っ直ぐ帰った方がよっぽど近いのに……。
     そして今夜。昨日のことがあったから、今日はちゃんと帰ろうと、ギリギリじゃない時間に会社を出たのに。東京駅までは久しぶりにバスに乗ったのに。武蔵野線に間に合う中央線はまだ3本もあったのに。
     2本後に中央特快があったけど、それに乗ってもラス前の武蔵野線には間に合わず、西国分寺で30分以上電車を待つことがわかっていたので、一番最初に出る快速に乗った。当然、途中で特快に追い付かれてもせっかく座っているんだから乗り換えない。そしてずっと起きていた。国分寺に止ったのはわかった。でも、次に顔を上げた時は国立だった。考え事をしていて一駅乗り過ごした。慌ててのぼりのホームにまわるが、タッチの差で電車は行ってしまった。次に来るのは12時33分。そして武蔵野線の最終は12時31分。駄目だ、間に合わない。今日もタクシーだ。
     もう電車を待つのもうっとうしいので、国立からタクシーに乗ろうかと思ったが、長蛇の列だったので、33分ののぼりを待つことにした。そして西国分寺からタクシーで帰ってきました。5000円。たった一駅乗り過ごしただけなのにぃ〜〜〜〜。悔しいぞぉ!



    2月12日(金)親切な眼鏡屋さん

     昨日、眼鏡を割ってしまった。ダンス中にちょっと滑って、隣の人の肩にぶつかり、フレームがポッキリと折れた。昨日に限ってコンタクトも持っていなかったので、あとは一日よく見えないまま過ごしました。
     眼鏡の方は、別にもう古いやつだったから、いいんだけど、コンタクトがあるとは言え、朝起きた瞬間とか、眼鏡がないと何かと不便。そもそも最近ずっとしていた眼鏡は一代古い眼鏡で、コンタクトと一緒に度の調整をして新しく作った眼鏡の方が、ネジが緩んでいてグラグラだったから、古い眼鏡を引っ張り出していたの。「新しい眼鏡を直す」というのは今年のささやかな課題の一つだったから、ちょうどいい機会だったかな。
     そういうわけで、今朝は会社に行く前に、銀座の眼鏡屋さんに寄った。前から思っていたことだけど、眼鏡屋さんっていつも親切よね。「ちょっとネジをしめてください」ってお願いすると、快くやってくれるし、最後にはピカピカに磨いてくれる。
     この眼鏡は今まで何度もあちこちの眼鏡屋さんでしめてもらったんだけど、いつもまたグラグラになっちゃうから、「これでどうですか?」と聞かれた時に、今日は慎重に対応してみました。すると何度も何度も調整してくれて、これでただじゃ申し訳ないという思いと、ケースがないとまた壊してしまうといけないと思って、眼鏡ケースを購入しました。私が気に入ったケースに対して、眼鏡の方がちょっと大きくてツルがはみ出ちゃったんだけど、これまた、ちょぴっと調整してくれて、何とか入るようになりました。
     銀座という場所柄もあるのかもしれないけど、店員さんの応対がとても丁寧で、なんだかいい気分になっちゃいました。



    1月25日(月)ありがとう

     日曜日、父と一緒に甲府に行ってから、倒れた叔父の看病(介護かな)をしている従姉妹の愛(まな)ちゃんを応援するために、何かできないものかと考えた。何かって、そこに世話を必要としている人がいるんだから、とにかく行って、やるしかないんじゃないかと考えた。
     できれば週末ではなく、人手のない平日に、週1日でもいいから、会社を休んで手伝いに行きたい。でも、そんな話が通るだろうか? 週に1日なら、その分土曜日か日曜日を出勤日にして、変則勤務を認めてもらえないだろうか。と日曜の夜から月曜にかけて、ベッドの中でいろいろ思案していた。
     いざ、月曜日、会社に行って、昼休みに上司に「相談したいことがあるので、お昼を食べに行きませんか」と声をかけた。一通り、状況報告と私がしたいと思っていることを話すと、意外にもすんなりと認められた。そればかりではなく、「無理に休日に出勤することはないよ。どうしても仕事がまわらなくなったら来ればいい」とか、「別に週1回って決めなくても、必要があれば2回行ったっていいし。前日にでも電話でもメールでもいいから、一言言ってくれればそれでいいから」って。
     とってもありがたかった。基本的にうちの会社は時間管理はなくなっていて、結果が評価の対象になっているんだけど、それでも毎日出勤はしなくちゃいけないし、こういうことって理解してもらった上でやるのかそうでないかは気分的にずいぶん違う。さらにありがたいことに、甲府にノートパソコンを持っていって、そっちで仕事をすれば、「それも出勤扱いにしてもいいから」とまで言ってくれた。 地獄に仏を見たような気分になった。(このコーナーにぴったり?)
     最後には、「それはいいけど、それでお前自身がぶっ倒れないようにな。」って。
     う、う。うるうる。本当にいい会社だ。いや、いい上司、なんだな。



    1月11日(月)いつになったら解放されるのやら

     今日は体調不良のため、自宅で静養(単に寝てただけ)。そんな中、一本の電話がかかってきた。普段、いなくて当然の昼間かかってくる電話はロクなもんじゃないってわかってはいるんだけど...。電話の第一声は「楠美さんのお宅ですか?」だった。こう言われると、旦那(元)の関係者からの電話かもしれないので、無下に「違います!」とは言えない。仕方ないので「はい」とも「はあ」ともつかない返事をする。すると「奥様ですか?」と聞かれる。確かにそういう時期もあったが、これに対して今更「そうです」とは言いにくい。彼ももう再婚して子供もいることだし...。(もう既にこの時点でかなり苛立っている) さっさと話を終わらせたいので、この質問には答えず、「どのようなご用件でしょうか?」と聞いてみることにした。「お家のリフォームの...」 はいはい、営業ね。と思った瞬間、「興味ありませんので結構です」とかぶせてしまった。
     いずれにしろ、営業は興味ない。そういう電話がかかってくるだけで不愉快。でも、「楠美様の奥様ですか?」はもっともっと不愉快。かといってそういう相手に丁寧に事情を説明する気にもなれないし、これからもかかってくるんだろうな...。とため息が出る。
     やっぱりいつまでもここに住んでいないで、さっさと新天地を探して電話番号も変えて、何もかも新規契約するのがいいんだろうな。実は公共料金の類はすべてまだ旦那名義になっている。もともと引落口座は私の口座だったので、そのまんまにしているんだけど、引落がついているから、銀行口座もいじらず「楠美典子」のまま。銀行口座の名義変更は面倒なので(これは結婚した時に経験済み)、解約して新しく作ることを勧められる(銀行の人に!)。そんなこともあるから、やっぱりさっさと引っ越すべきなのね、きっと。
     旦那と別居した頃からもう何年も年賀状を出しておらず、そのせいか離婚の広報も行き届いていない。旦那宛の郵便も時々来るし、私宛の年賀状も「楠美典子」がいくつか混ざっている。今年こそは引っ越しをして、引っ越しの連絡&離婚の広報を兼ねた年賀状を出してやるぞ!



    12月27日(日)ささやかなしあわせ

     本日、あられちゃんに誘われて、前野スクエアダンスクラブの「年忘れパーティ」に参加してきました。その様子はダンス日記の方に書くとして...その帰り道のこと。車で“うらとこ(浦和・所沢)バイパス”を走っていて、無性にパチンコがしたくなった。時間はもう10時だったので、遅くまで開いているところでもあと1時間しかない。それでもやりたい! ということで、道沿いにある大きなパチンコ屋さんに入りました。10時を少し回ったところからの勝負です。閉店時間は10時45分。つまり、40分くらいしかない。深追いしても取り戻せる時間じゃないので、とりあえず2千円分打つ。全然来ない。まだ少し時間があるから、台を変えてもう2千円だけ...。あ〜あ、もう玉がなくなっちゃう〜。ってところで、来ました!!全回転のスーパーリーチが!しかも「7」の大当たり!!
     10時35分。大当たりの分をひとしきり出した後、もう時間がないからどうしようかと思っていると、隣で打っていた夫婦が諦めて立ち上がる。「私もやめなきゃいけないかな」と思って回りを見回していたら、そのご夫婦が「まだ大丈夫だよ」と声をかけてきた。「まだ、あと10分あるんだから。やめろって言われるまでやんなきゃ」と旦那さん。「だってねぇ、せっかく出てるんですもん、やらなきゃもったいないわよ」と奥さん。そう、「7」の確変で当てたんだから、ここでやめるのは本当にもったいない。でも、次を引き当てる前に止められたら、その分の玉がもったいないしなぁ。でも、「大丈夫」って言ってるんだからやるか。と続けました。するとほどなくしてまた確変!! やっててよかった! さすがにこの後は続けるかどうか迷ったけど、せっかくの確変なんだから、やっちゃえ〜!
     そして...もう1回出ました。今度は「8」のノーマル大当たり。それでも大当たり終了後の100回転まではサービス状態なんだけど、もういい加減時間がないから、ここでやめることにしました。戦績は、プレイタイム40分、投資金額4千円、回収金額1万9千円(差し引き1万5千円の勝ち)。やったね! ちょっとご機嫌です。(^_^)



    10月17日(土)Welcome Back, My License!

     10月4日(日)に私の免停が明けた。日曜日にあたっていたから、2日の金曜日から返してくれたんだけど、生憎私はその日から海外旅行だったので、断念。(最初はなんとかその日に受け取って、国際免許も持って出かけられないかとジタバタしてみたんですが、やっぱり駄目でした。)
     そして、10月14日(水)に一日遅れの帰国。翌日に取りに行くつもりだったけど、ちょっと寝坊したため、パス。結局16日(金)に受け取ってきた。もう少し時間がかかるかな? と思っていたのに、わりとあっさりと返してくれた。「はい、大事に使ってね」と。
     その日はそのまま会社に行って、ダンスに行って、帰って寝てしまったので、車は運転せず。翌土曜日に、久々に車に乗り、バッテリーが上がっていないかとヒヤヒヤしながらイグニッションキーを回す。かかった! で、ワゴンの例会に行って、その後は急な呼び出しで高校時代の友人の家に遊びに行った。1時過ぎまで居座って、アメリカから出張で来ていた友人を新宿のホテルに送りながら帰った。そうそう、車のある(免許のある?)生活って、こういう自由があるのよね。初日から実感してしまいました。
     さあ、あと8か月。おとなしく運転してこの前歴を消すぞぉ!



    8月9日(日)Come Back! 健康よ

     ああ、つらい。今日の話は私の体調のことです。あまり頭が働かないので、うまく書けないと思いますが...。7月の初旬にシパダンから帰ってきてから、ずっと体調がすぐれませんでした。もう1か月も微熱が下がらない毎日が続いているのですが、それに加えて先週からひどい頭痛が始まった。先週の水曜日は会社を休んで、家でおとなしくしていたが、いっこうによくならない。翌日会社に行くと、いろんな人から「後頭部の頭痛はやばいんじゃない?」と言われた。一度きちんと検査をしてもらった方がいいだろう、ということで金曜日は病院に行くことにした。
     病院では脳神経外科に行き、MRIと首まわりのレントゲンを4枚撮った。MRIの方は「まったく異常ありません」と言われた。脳には問題はないようだ。で、首の骨の方だが、これは春に首を痛めて病院に行った時と同じで頚骨が曲がっていた。が、お医者さんはこれについては何も言わなかった。それが頭痛の原因になっているとも、治さなくちゃいけないとも言わなかった。前回、首の痛みのために病院で撮ったレントゲンは、体の後ろから撮ったものだったので、頚骨のゆがみしかわからなかったが、今回は横方向からも撮っており、ここで指摘されたのは、私の首の骨が「真っ直ぐ」であること。本来、人の首の骨は前面に張り出るようにしなっているらしい。これが真っ直ぐだからそこ、頚骨が簡単に回ってしまうそうだ。で、なぜ私の首はしならずに真っ直ぐなのかと言うと、それは首の筋肉が異常に緊張しているからだと言うが、なぜ、緊張するのか? それは首の骨がゆるいため、それを支えるために筋肉が頑張っているのだと言う。????? 何が原因でこのような異常が起きているのか、結局要領を得ない。
     つまるところ、頭痛の原因はこの筋肉の緊張だと言うのだが、筋肉を弛緩させるための薬と「どうしても我慢できない時だけ飲むように」と言われた鎮痛剤をもらったが、症状はいっこうに良くならない。一日中止まない頭痛は何よりも私から「気力」を奪っていく。このホームページの更新を含め、やりたいこと、やらなくてはいけないことはたくさんあるのに、どうにも気力がわかない。ものを考えることができない。集中して机に向かうことができない。寝ていて治るものでもないので、それがまたつらい。いや、寝ていると却って首に悪いような感じがする。動くとズキッ、息を吸うとズキッ。こうして起きている間の一瞬一瞬がつらい。しかも、昨日の夜は痛みが激しくて眠れなかった。医者は大したことはない、という口ぶりだったし、結局は「治らない」と言っていた。年をとって首の骨が固くなるまでは、一旦よくなってもまた出てくると言う。でも、こんな状態がいつまでも続くようじゃ、たまらない。満足に仕事もできないよ、これじゃ。もしかしたら何か他に原因があるのかもしれないし、もっと積極的な治療法もあるかもしれない。来週からもう少し、いろんな病院に行ってみようと思う。それまでは...私の体の中に残っている気力を振り絞って、やるべきことをやっていこう。



    6月23日(火)Norton様さま!

     結論から言います。失われたと思われたZipのデータの9割は無事回復しました。それもこれもノートン様のお陰です。実はうちにもノートンはあるんだけど、最初はそれに気づかなくて(というか、ノートンという手があったことを忘れていた)、なんとなく物理的に何かが壊れている感じがしたので、会社のドライブで試してみて、それでも駄目だったら、ディスクを新品のケースに乗せかえてみようと考えていました。月曜日に会社のドライブを試し、その時は駄目で、火曜日になって、お助けマンが出社していたので(月曜日は休みだった)、新品のZipを分解して、私のZipの中のディスク(ペラペラのやつ)を乗せてみた。でも、駄目だった。そこではじめて「ノートンをかける」ということを思い出して、やってみました。診断とかはことごとく駄目だったんだけど、ノートンを立ち上げた状態でZipを突っ込むと一応認識はされる。諦めムードが漂う中、ふとデスクトップを見るとZipの絵が出ているじゃないか。「これはもしや」と思い、アイコンをダブルクリックすると、ちゃんと中身が見れた。すかさずハードディスクにコピーしようと思ったんだけど、Zipをまるまるコピーしようとすると全然駄目。コピーのメッセージウインドウがいつまで経っても出てこない。でも、書類をひとつひとつドラッグすると何の問題もなくコピーする。要するにいくつか完全に破壊されているファイルがあって、それをコピーしようとすると止っちゃうのよね。で、結局、読めなかったファイルのうち大きな被害と言えば、「Club CYNOSのコールリスト」だけかな。あとはだいたい復活しました。ただ、テープの伝票DBはデータが読めなくなった後にシステムの追加設計をしてしまったので、新しいファイルに古いデータを再入力しなくちゃいけないことにはかわりない。さあ、これからそれをやろうかな。とりあえずはめでたし、めでたしです。



    6月21日(土)データ破壊の恐怖

    ■そりゃ、バックアップ取ってなかった私も悪いけど…

     私、会社でも家でもマック使ってます。だから、どっちでも同じようにメールの読み書きをしており、着信メールへの対応がすぐにできるように、Zipでデータを持ち歩いているんです。最初はハードディスク上で作業をして、移動する前にいちいちZipにコピーしていたんだけど、これだと忘れるケースが多く、最近は何もかもZip上でやっていて、すべての最新情報がそこにしかなかったんです。それが....さっきまで読めていたのに、一回凍ってリスタートしたら認識されなくなっちゃった。とほほほ。
     何となく物理的に問題があるような気がするので、会社のドライブでもう一度試してみようとは思っているけど、私の心の中には諦めムードが漂っている。

    ■被害状況を確認しよう

     「何が入っていたかな」と考える。メインはホームページのデータなんだけど、これはすでにネット上から何時間もかけてダウンロードし、修復済み。最近全然いじっていないゴミデータもいっぱい入っていたけど、大事なものもいっぱいあった。ここはひとつ、リストアップしてみよう。
  • Club CYNOSのコールリスト
    (今まで、いつ誰に何を教えたか等の膨大な情報。これは他のどこにもない。)
  • Club CYNOSの会計簿
    (私が出資していて、赤字だったから、要するにいくら貸していたのかがわかんなくなったんだな)
  • Foot-Worksの会計簿
    (これは古いデータがあったけど、古すぎる。まあ、こちらも赤字だったけどね)
  • SD Dancer/ClubのDB
    (これはちょっと痛い。でも、古いデータと復旧するための情報はある…と思う)
  • CSCのテープの伝票DB
    (比較的新しいもののバックアップがあったのでまあよしとしよう。かなり複雑に作り込んであるので、バックアップがなかったら泣くに泣けない状態だった。)

  •  ふ〜む。CYNOS関係がつらいな。どうしよう...。まあ、会社のドライブに一縷の望みをかけましょう。は〜。(ため息) データ破壊の恐怖は、忘れた時にやってきます。みなさんも気をつけましょうね。(って、私がいつも会社で言っていることじゃないかぁ!!!)

    ■おまけ:「が〜ん!ぶつけちまったぁ」の続報

     全然関係ないけど、先日車をぶつけた岩がある角を、今日(6/21)も通りました。
     前に通った時は、私の車によって削られた後が痛々しかったんだけど、今日見たら、な、なんとポールが立っていた。低い位置に岩があって見えなくて小回りしちゃったからぶつけたんだけど、その岩の先にどうやっても目に入るようなポールが...。私が削った後を見て反省したのかな。それとも、もしかすると、とっても大事な岩だったのかなぁ...。し〜らないっと。



    4月23日(火)この世に神はいないのか?!

    ■行ってきました、山梨出頭。

     いやはや、何と言ったらいいのか...まいった。なんて気楽に言えるようなもんじゃない。警察でのやりとりには紆余曲折があって、途中で関係者全員(おまわりさんも)顔面蒼白なんて瞬間があったんだけど、結果的には「いずれにしろ絶望的」ということがわかりました。どういうことかと言うと、最初に「他に違反はないですね?」と聞かれ、「はい」と答えました。次に「今日処理していいですか?」と聞かれ、「わざわざ山梨に出向いて来たのに今日処理しないってのは何の意味があるのだろう?」と思い、聞いてみたら「約1か月後に再度呼び出しがかかりますので、その時に出頭できない事情があるとか、免停の処分になるのを少し遅らせたいとかの事情があれば、また今度処理してもいいですよ」と説明された。でも、1か月後であれば5月末の合宿もクリアできるし、「ま、いいか」と思って処理をしてもらいました。

    ■そういやあ前にも「調書」を取られたぞ

     2人のおまわりさんのうち、1人がいわゆる「赤キップ」を向こうで書いていて、こっちで「それでは調書を取ります。あなたが言いたくないことは話さないという権利があります。」と言われ、調書取りが始まりました。その瞬間、「そういえばこんなことが前にもあったなぁ」と思った。簡単な“取り調べ”が終わった頃、去年の春に事故をして、調書を取られた事を思い出した。事故と言っても、信号待ちをしていて、信号が変わり、前の車が順々に動き出したので、そのペースで動き出そうとしたら、私の前の車がちょっと発進が遅れて、ちょこっとぶつけてしまった、という程度のものでした。が、相手はタクシーで、当初運転手さん自身は警察を呼ばなくてもいいようなことを言っていたのに、ひとたび会社に連絡したら、事故処理係の人が出てきて、それからは大騒ぎ。運転手さんは平気だと言っているのに救急車を呼ばれ、彼が救急車に乗った時点でこれは人身事故扱いになる。というわけで、私は人身事故の加害者として取り調べを受け、1か月の免停となった。これが「前歴1」となったわけ。

    ■げげっ! が〜ん!!

     今回の違反は51キロオーバーで12点。これだけなら30日の免停で済んだはずなんだけど、前歴1だと10〜24点で欠落1年間の免許取り消しとなる。...ということがわかり、もう顔面蒼白。しかも、その事故の免停がとけたのが6月5日ということなので、ギリギリ1年経つか経たないかというこの時期。おまわりさんが、「1年経っていれば、消えるんだけどね」なんてことを言い出すから、「やっぱり今日処理しなかったことにしてもらえませんか?」という話になる。だって、30日の免停と免許取り消しじゃあ大違いじゃないですか。ところがどっこい。一度切ったキップは反古にはできないらしい。連番がふってあって、これが欠落すると、拳銃や警察手帳を紛失したのと同じくらいの騒ぎになるらしい。そうだったのか...。「書く前に言ってくれれば」とか「だったらこんなにスピードをださなればよかったじゃない」とか、もう言っても仕方ないセリフばかりが出てくる。でも、結局、点数は1年で消えるけど、前歴は3年経たないと消えないということがわかり、無駄な議論をしたことになりました。

    ■後は祈るのみ...

     死ぬほど落胆している私に対して、おまわりさんは一生懸命アドバイスをしてくれました。行政処分を決めるのは裁判官だから、そこで「もう二度としません」という誓約書を書け、とか、何とか特別に180日の免停(通常免停は120日まで)で許してもらえるようにお願いしろ、だとか。でも、いなかの裁判官だったらいいけど、都会の裁判官は忙しいので、次から次へと事務的に処理するだけで、こちらの言い分は聞いてくれないかも、とも言う。とにかく平謝りして、後は運を天に任せろ、が彼の最後のアドバイスでした。いや、最後のアドバイスは、これから呼び出しがかかるまでの間、「絶対に違反をしないこと」でした。確かに、今違反をしたら「もう二度としません」もあったもんじゃないもんね。

    ■誰かに愛車、預けます

     後は品行方正にして、6月なかばの呼び出しを待つのみ。うまく免停で許してもらえたとしても、半年間は車に乗れないわけだ。あ〜あ、車買ったばっかりなのに...。生まれて初めて自分の名義で車を買ったのに、すぐに手放す気にはなれません。というわけで、半年間は誰かに預けてかわいがってもらおうと思います。くすん、くすん。



    5月12日(木)山梨に出頭〜〜?!

     Club CYNOSを明日に控えた木曜日。夜、家に帰って郵便受けを見ると味気ない茶封筒がひとつ。封筒の裏には山梨の警察署の印が押してある。警察と聞いて既に嫌な予感はしたが、場所が場所だけに何かの間違いじゃないかと一瞬淡い期待を抱いた。部屋に上がるエレベーターの中で封筒を開くと、予感的中。オービスによって測定されたスピード違反の出頭命令だった。そんなにスピードを出した記憶はないものの、日付、場所、時間、どれも身に覚えがある。愕然とした。
     17歳で免許を取ってから14年間、一度もスピード違反でつかまったことはなかったのに、よりによって年に一度だけ行く御殿場でつかまるこたあないだろう。しかも、出頭しろと言われた日は5月2日土曜日。親切のつもりで土曜日にしてくれたんだろうが、この日はGWの初日じゃないか! まあ、山梨までの旅はこの際覚悟を決めて、誰かを誘って御殿場ファミリーランドにでも遊びに行くか、とも思ったが、GW初日では行きも帰りも想像を絶するような渋滞が見込まれる。冗談じゃない。御殿場ファミリーランドだって、ゲロ混みだろうが。
     というわけで、5月2日の出頭は勘弁してもらった。しかし、罰金が7万くらいかかるという噂を聞き、再び落ち込んでしまった。私の今年の抱負は「貯金」なんだぞぉ〜〜〜〜!これでまた生活が苦しくなる....。どなたか恵まれない私に愛の手を。



    3月30日(月)地獄からの生還

     終わりました。仕事が。例年に比べると、まんべんなく受注が入っていたため、昨年のような3月末の“えびぞり納品”はなかったけど、私は個人的にとても忙しかった。いつもタイトな仕事をかかえていて、徹夜・休日出勤の毎日でした。でも、それも今日でもう終わり。4月から新しい課に配属になり、第一線で制作をすることはなくなる。そんな転換期に、こんなにきれいに仕事を片付け、末日の前日に自由の身になれるなんて、夢にも思っていませんでした。ああ、気分がいい。
     でも、この一週間は本当に地獄でした。先週の水曜日から今日まで、家に帰ったのは1回だけ。水曜日から金曜日にかけて2泊3日。一旦帰って、土曜日から月曜日にかけて再び2泊3日。しかも、第六および第七頚椎がずれていて、先週の月曜日に病院にいかざるをえない状態にあった私としては、かなりきつかった。キーボードに向かって腕を伸ばしている状態が頚椎にじわじわと痛みを与えていた。ああつらかった。でも、それも今日で終わり!しかも、今日は先日の事故で入院させていたCYNOSちゃんが帰って来た。これでまた車にも乗れるし、なんだか運勢が上向きになってきたのかしら?



    3月14日(土)が〜ん!ぶつけちまったぁ

     くすん、くすん。先日買ったばっかりのCYNOSちゃん。休日出勤のために久しぶりに車で会社に向かったら.....交差点に出るとき、もう信号が変わっているのに無理矢理まがってくる車がいっぱいて、ちょっと左によけたらどうやら歩道のあたりに何か突起物があったらしく、これに乗り上げてしまった。ガコッとにぶい音がして、車が激しく上下した。でも、年末にNew Jerseyで同様に乗り上げ事故をおこした時は何ともなかったので、まあ車も真っすぐ走るし大丈夫かなと思っていたら....。会社に着いて、助手席側の荷物を出して、ドアを閉めたら、このドアが跳ね返ってくる。.......、ドアが閉まらない。ガ〜ン!よくみると助手席側のドアの中央下に大きな傷跡が。そして車体自体も下からどつかれた感じにステップのところが盛り上がっている。これじゃあ閉まんないわけだ。まあ、なんとか力ずくで閉めたものの、完全には閉まらず半ドア状態。バッテリーが上がってしまっては困るのでルームランプをオフにして、とりあえず会社に入りました。あ〜あ、43万円で買った車だけど、修理にいくらかかるかな。明日自動車屋に持っていこう。くすん、くすん。



    3月10日(火)許せん! JR!

     この日は普段会社に行くよりのよりも早起きして、Vic & Wilsonご一行の宿泊しているホテルに向かいました。一応、成田エクスプレスまでお送りすることになっていたんだけど、飛行機の時間までたっぷり時間があったから、新宿で少しぶらぶらしたいということになった。迎えに行った私とゆみちゃんはいずれ会社に行かなくちゃいけなかったんだけど、お昼ご飯くらいは一緒に食べようか、ということになり、新宿で一緒に改札を出ました。事件はその時起こった。
     Daveに続いて私が自動改札に定期を入れたら、不慣れなDaveは何か出てきたもんだから、私の定期をつかんでしまった。その瞬間、改札はロックされ、私は弾き飛ばされる。「おいおい、Dave、そりゃ私んだ」と奪い返し(なんせ10万円の定期ですから)、慌ててもう一度自動改札に入れたら「再投入!!」のエラーが出て、定期が吸い込まれた!! すぐに改札にいた駅員が飛んできたんだけど、このおやじ、超ムカツク! いきなり「2人で同じ定期を使っただろ!」って決めつけて怒鳴り始める。「違うんです」とすぐさま状況を話したのにもかかわらず、「嘘つけ! ちゃんと見てたぞ」と人を犯罪者呼ばわりする! 信じられない! こっちは客なんだぞ。少しは話を聞けって。
     今になって悔やまれる。なぜあの時、自動改札を開けさせて、証拠品となるDaveの切符を取りださせなかったのか、と。なぜあの時、ネームプレートを見なかったのか、と.....。チクショウ! 訴えてやるぅ〜。



    3月5日(木)木曜日は雪にまみれて

    ■いや〜な予感がしたんです

     なんだって木曜日っつうと大雪が降るんでしょうね。
     今日は先日手に入れたばっかりのCYNOSに乗って、都内の○×店を13店舗まわる仕事があり、会社には出社せずに一日中車を運転していた。運転するのは好きだからいいんだけど、朝から「今日は夕方から雪になります」という不吉な予報が流れている。う〜ん、こんなに早く事故りたくないし、途中で仕事を断念するのも嫌だ。それに、明日は御殿場じゃないか。機材を運ぶ私としては、遅刻はできない。

    ■地域差が恐い....

     なんとか仕事は一通り終えたが、予報よりも少し遅れて降り出した雪は、やむ気配もなく、どんどん大粒になっていく。かと思ったら、ラジオからは「少しみぞれまじりになってきた」とのレポートが流れる。これは半蔵門の話。私はその頃、環八を北上してるところだった。都心とここでこんなに違いがあるなら、きっと私の家の方はかなり積もっているんだろうな、と考えた。さらに言えば、御殿場の方は昼間っから降っていたようだ(きっと)。
     私は考えた。「今日はこのままでもきっと帰れるだろう。でも、一夜明けたら一面深い雪に覆われ、とても車を出せる状況ではなくなるだろう。今夜中にチェーンをはいて寝ない」と。が、しかし。仕事が終わったのが8時頃。それから自宅方面に車を走らせ、やっと見つけたカーショップは8時で閉まっていた。その他、かすかな記憶を頼りに2軒ほどあたったが、やっぱりもうしまっていた。困った。

    ■お願いっ 「ある」って言って!

     かなり焦りながら、方針を変更し、ガソリンスタンドでチェーンを買うことにする。が、これまたしかし。最初の店ではこの車のタイヤはでかすぎる(標準サイズではない)と言われ、それから青梅街道のガソリンスタンドをしらみつぶしにあたったが、ことごとく「売り切れ」「そのサイズはない」と言われ続け、ほぼ自宅まで来てしまった。しかたないのでUターンして、逆側のガソリンスタンドにいちいち止りながら、今度は実家の方に向かう。最悪の場合、実家に置いてあるスタッドレスタイヤを持ってきて、それにはきかえようと思った。
     「もう駄目だ」と思いつつ、最後にあたったガソリンスタンドで「あります」と言われた。もうこの頃には「チェーンありますか?」と尋ねる言葉もいかにも自信なさげになっていたと思う。そして、「あります」と言われても、「サイズは大丈夫ですか?」と疑ってしまった。何はともあれ、おにいちゃんはチェーンをつけてくれた。30分くらい待たされたけど、そんなのへっちゃらです。スタンドのおにいちゃんは、このクソ寒い中、30分もかけて私のチェーンをはめてくれたんだもん。とにかくこれで一安心。ゆっくりごはんを食べて、家に帰りました。ああ、眠い。これから荷造りしなくっちゃ。



    3月3日(火)車のある生活、復活!

     きっかけは御殿場です。前々から「車、買わなくちゃぁ」と言いつつ、面倒くさくて延び延びになっていたのですが、御殿場2週間前にして、みんなに「車は?」とせっつかれ、大量の機材も運ばなくてはいけないということもあり、重い腰を上げ、いきなり車を購入しました。
     会社にころがっているカーセンサーを持ってきて、ぱっと開いたページで目に飛び込んできた「CYNOS」に決め、すぐに見に行って、でも、買うことを決めていたので、おざなりに見て、「ください」と一言。そして、車庫証明の申請やら、面倒臭い手続きを経て、ようやく車が手に入った! これで、「車なし生活」とはおさらばじゃあ! ちょっと貧乏になっちゃったけど、全然定期預金とかくずさずに手持ちの現金で買えたから、よかった、よかった。



    3月1日(土)久々の大爆発!

     「全台無制限」の看板が目に入って、ふらりと入ったパチンコ屋。最近全然ついてなくて、1回も大当たりが来ないまま終わるケースが多かったんだけど、今日も最初は全然だった。その店は5000円の高額カードがあったので、最初っから粘るつもりで、5000円でスタート。でも、やっぱり、5000円では出ず、「あと5000円だけやろう」ともう一枚カードを購入。そのカードも段々残金が少なくなってきた頃、やっと当りが来た!しかも確率変動の「超」大当たり! 当然連チャンで来る。これもまた「超」大当たり。3回目が普通の大当たりで、その後連続で3回「超」大当たりを引き、最後に2回ノーマル大当たり、計9回爆発させました。
     ノーマルに入ってから9回目の当りはもう来ないかと思ったけど、やっとの思いで引き当て、その後はいくらやっても当たりそうになかった、というか時短モードが終わった時点で諦めました。3時間に渡る奮闘の末、9箱の大箱を係員に運んでもらい、景品に変えて換金所に。なんと、今までの最高額の7万3千円。先日車を買って大金はたいた後だから、結構(かなり)嬉しいです。ま、ささやかなしあわせってところですかね。でも、右腕が筋肉痛です。



    1月17日(土)地獄はまだ続く

    ■苦しかった一週間

     今週は本当に苦しかった。いや、過去形ではない。今もまだ苦しい。今日は土曜日だが、これから出勤して、仕事も大詰めを迎える...はず。月曜納品なので、時期的には佳境に入っているはずなのだが、内容的にはまだ初期段階の状態。困ったもんだ。
     昨日はさすがに早く帰り、家についた途端、ふとんに入って寝てしまったため、今朝は8時半にかけた目覚ましが鳴る前に目が覚め、日課のメールチェックをして、シャワーを浴びて、9時半には家を出ることが出来た。(と、ここまで書いて、レイチェルにエサをあげていなかったことを思い出し、一旦家に戻る)
     今日は派遣の女の子が手伝いに来てくれることになっている。夕方までは彼女に手伝ってもらい、後は孤独に明日の朝まで頑張る予定。昨日の夕方まで、すっかり忘れていたのだが、明日はTAKE5の日。つまり、私は絶対に行かないといけない。少なくとも鍵の開け閉めをしないといけないのだ。そのためだけに行ったり来たりするのは非常に無駄だし、第一、それはとっても空しい。新年初めての例会だし、踊ることもみんなと会うこともとても楽しみにしていたんだから、ぜひ、明日は一日会社に戻らずにすむように頑張りたい。(例会が終わったら、当然のように戻るつもりだが…)

    ■先週の土曜日はダウンしてました

     思えばアメリカから戻ったのは、つい先週の火曜日のこと。そして初出社の水曜日から早速徹夜をし、木曜日は大雪に見舞われ、その大雪の中、タクシーで帰宅したことはここでご報告した通り。
     金曜日の納品を済ませ、土曜日からは気合を入れて次の納品物に取り掛からなければいけなかったのだが、旅の疲れか時差ボケか、徹夜の疲れからか、先週の土曜日は一日中、石のように眠りこけていました。いったい何時間眠り続けたのだろうか。それからのことはあまりよく覚えていないが、多分、土曜の夜はまともに寝ることなく、ソファなどでうとうとして、日曜日を迎えたのだろう。

    ■今週2度目のダウン

     あまりすっきりしない状態のまま日曜日出社し、そのまま月曜日まで働き続ける。その日はTallyHoの件でどうしてもチャレメには行かなくてはいけなかった。だから、そういう時は気分転換も含めて、「今日はここまで!」ときっぱりと仕事をやめて、帰りはみんなで飲んで帰った。そして次の日、予想外(予想すべき?)のダウン。一日体が動かなかった。また休んでしまった。これは痛い。「今はゆっくり休んで、夜から会社に行こう」などと思っていたが、結局ずっと寝ていた。そしてこの日は結局一日何も食べずに過ごした。

    ■サーバまでダウンする始末...

     翌日は5時から起きていた。「もう一日も無駄にできない」と悲壮な決意を胸に出社。しかし、最近は根性が続かないというか、集中力が続かないというか、なかなか仕事が思うように進まない。昼間は会議もあれば、いろんな人からトラブルや相談が持ち込まれる。システム上のトラブルは、みんなの仕事をストップさせるので、私は自分の手を止めて、そちらの対応に走らなくてはならない。今週はひどかった。グループによって分けられた3つのサーバのうち、2つが次々とダウン。こいつらは今まで一度もダウンしなかったのに、なぜ今、私がダウン寸前の時に続けざまにダウンする! 勘弁して欲しかった。
     いつ持ち込まれるかわからないトラブルを「優先的に」対応しなくてはいけないなんて、どうも納得がいかない。それじゃあ私の仕事はどうなるんだぁ! だから兼務なんて絶対に出来ないって言ったのにぃ〜〜〜〜〜! と怨み言のひとつも言いたくなる気分。(実際、私はこのサーバの対応に直接手を下さなかったが、少なくとも私は「どう対処するか」という指揮をしなければいけない立場にいる。)

    ■2度目の大雪は対岸の火事

     そして一人で迎えた木曜日。水曜日の天気予報では「遅くとも木曜日の朝からは降り出すでしょう」と言われていた2度目の大雪の日。朝から降っていたかどうか、もう既に感知していない。私自身、なんとか朝までは持ちこたえたものの、昼頃にはもう体力が続かず、2時間ほど寝ようと思って応接にこもる。………
     ふと目が覚めると、あたりが暗い。ドキッ。今、何時だ? な、なんと夜の8時だった! くっ。「今夜も帰れないな」と思う。そうなると雪などどうでもいい。どうせ帰れないのだから。
     こうして私にとって、この2度目の大雪は「対岸の火事」となってしまったのでした。でも、夜はその雪の中、銭湯に行ってきました。(湯冷めが心配だったけど、雪の中お風呂に行くのもなんだか風情があってよかったよ。)
     銭湯の帰りにコンビニに寄り、食料を調達。それまで水曜日の夜から一日何も食べていなかった(考えてみれば水曜の夜もちゃんと食べなかったな...)

    ■そして一夜明けた...

     3度目の雪が降るという予報は外れ、外は冷たい雨が降っている。これを書き始めたのは昨日の朝、通勤の電車の中だった。そして今、久しぶりに超集中して仕事をした。いつもはつなぎっぱなしにしているインターネットにも接続せず、ただひたすら仕事をした。まだ完全に安心できる状態ではないが、とりあえず、一段落した。しかし、今夜また、仕上げのために戻ってこなければならない...。そして、それが終わると休む間も無く次の仕事が...。いや、ほったらかしにしていた前の仕事もある。
     そう。まだまだ地獄は続くのであった。

    1月8日(木)初雪パニックでGood Choice

    ■帰りたいのに帰れない

     昨日は徹夜だった(昼間、結構寝たけど...)。明日は報告会だから早く帰りたかった。でも、報告書が全然できあがらない。しかも、一寝入りして目覚めた時はすでに大雪だった。
     ふわふわと宙に舞っている雪を見て、最初は「きれいだなぁ」なんて呑気に構えていたけど、6時を過ぎた頃から「電車が止まるかもしれないから早く帰るように」と総務からアナウンスがあったり、みんなもそわそわと帰り始め、落ち着かない雰囲気になる。そうは言っても、仕事が終わらなくちゃ帰れないよぉ〜。
     最悪の場合、今夜は徹夜して、早朝に一旦家に帰って着替えて出てこようかと思っていたんだけど、これじゃあ、明日の朝の交通機関にも期待できないだろう。いよいよ、今夜中に仕事を終わらせて帰らなければならない。やむを得ず、まわりにSOSを出す。先輩1名、後輩1名に仕事を手伝ってもらうことに。  しかし、だんだんと雪も深くなり、テレビからは運転見合わせの電車の情報が続々と入ってくる。こりゃ、彼らも早く帰りたいよなぁ...。「もう駄目!」と言われたら諦めて自分でやろう、と思いつつ、最後まで甘えてみる。まるで我慢大会だ。
     後輩の男の子は気もそぞろで、筆が進まないようだ。時折、「明日の朝に手伝うってのじゃ駄目ですかぁ? もう帰りたいなぁ」ともらしているが、聞かなかったふりをする。結局10時近くまでかかって、ようやく終了。プリントアウトして、明朝コピー・製本をしてもらうための最後の仕上げをする。大量データなので、プリントアウトも30分近くかかっている。

    ■やっと終わった。飲まずに帰るぜ

     彼はこの雪にもめげず「銀座で一杯やりましょうよ」と待っている。11時少し前、ようやく会社を出ることができた。外に出てみると、16階の窓からはよくわからなかったひどい降り。しかも道はぐちゃぐちゃとした深い雪(完璧な雪ならまだいいんだけど...)。何だって、今日はこんな薄着で来てしまったんだろうと深い後悔。そして、明日はお客様仕様でこなければいけないと思うと頭が痛くなる...。
     かろうじてバスが走っている時間だ。タクシーは絶対に捕まらないだろうと思いつつ、バス停まで行くと、運良く空車のタクシーが通りかかり、すばやく彼がそれを止める。「銀座まで」と言ったものの、このまま銀座なんてところでタクシーを降りてしまっていいのだろうか?という不安が頭をよぎる。運転手さんに現在のタクシー事情を聞いてみる。「今日は全然捕まらないよ。それに、あと1時間もしたらタクシーもみんな帰っちゃうよ」と言われ、このチャンスを逃さないことにした。電車は多分走っていると思ったけど、刻々と状況が変わる今、走ってなかったら悲惨だし、駅は人がごった返してそうだし、昨日の徹夜でもう疲れきっていたので、このままうちまで行ってもらうことにした。

    ■車内からの実況レポート

     車が走り出すと、これがベストチョイスだったのか、大いに不安になる。運ちゃんのセリフも「行けるところまで行ってみる」みたいな感じだったし、幹線道路でさえ、深い雪に覆われている。道路の脇、時には真ん中に、雪に阻まれて動けなくなった車がたくさん捨てられている。この車もチェーンは履いていない(および「積んでいない」)そうなので、どこまで行けるかわからない。変なところでスタックしてしまったらどうしよう...
    そうです。今、まさにそのタクシーの中にいるのです。今、ちゃっくから電話が入った。上野まで行ったが、そこから先の電車が何もかも止まっているらしい。こちらはタクシーで真っ直ぐ自宅に向かっている旨を伝えると「頭いいね」と言われた。さて、この選択が正しかったかどうかは、あと1〜2時間後にわかるだろう。ま、少なくとも今、現在は快適です。あったかいし、混んでないし。しっかし、雪が降りながらカミナリってのも初めての経験だな。明日が報告会でなければ、この状況をもっと楽しみたかったのにな。

    ■一夜明けて

     結果から言うと、昨日のチョイスは正解だった。私の手伝いをしてくれた先輩は9時に退社して、あちこちの駅で足止めを食って、最終的に家に辿り着いたのは1時半を過ぎていたそうだ。昨晩飲み過ぎで会社に泊まってしまった課長は、6時頃帰ったから問題なく帰れたと思ったら、中央線で駅と駅の間で電車が止り、そのまま1時間半缶詰になっていたと。そのほか、東海道線が7時間止ってしまい、缶詰になっていた乗客の一人が怒って窓ガラスを割って流血。一緒にいた人は割れた窓から冷たい北風が入ってきて、大変な思いをしたとか。そんな話を聞くと、とりあえず家の最寄りの駅まで行ってもらえて(さすがにその先は雪に阻まれて行けなかった)、時間も2時間とリーズナブル。終始暖かい車内の中で、いらいらすることもなく、混雑に巻き込まれることもなく、非常に優雅な帰宅だったと思います。でも、アメリカの北部から帰ってきた者としては、これくらいでパニックになってしまう我が国、我が街、東京が情けない、と思いました。

    1月7日(水)後輩の成長に涙する時

    ■あの頃は本当に頭が痛かった

     今日は久しぶりの全社総会。今回は何も身に覚えがないので、私はただ聞く側だなぁと思いつつ、ちょっと遅れての参加。しばらくすると、第3QのMVPの表彰が始まった。誰が受賞するか、あまり気にも止めていなかったが、なんと我が後輩が準MVPを受賞!
     思えば2年前の4月に本社から異動してきて、右も左もわからない状態の時に隣に座り、一から十まで教えた。毎日毎日教えた。マックを触るのも初めて、調査も初めて、営業あがりだからデスクワークも初めて、という状態で始まった。最初の頃はよかった。ものすごい吸収力でいろんなことを覚えていった。でも、1か月もすると飽和状態になってしまったのか、一度教えても全然覚えない。次第にやる気のなさまで感じられるようになった。あまりにも態度が悪いので、こっちもやる気をなくし、課長に対して「しばらく顔も見たくない」宣言をした。半年間、私は彼の教育を拒否し、向こうも私にはあまり聞いてこなくなった。

    ■確かにすごく成長したよ

     が、しかし。一年目の後半から、急激にやる気を出し、何事にも真剣に取り組み始めた。憑き物が落ちたように人が変わり、謙虚な態度でものを聞いてくるようになった。それからの成長は確かにめざましかった。そして今年。前半期の彼も頑張った。でも、まだ先輩達にはおよばない。相対評価では低くなってしまう。彼はますます頑張った。つらい仕事もどんどん引き受けた。仕事のスピードもどんどん速くなる。内容的にも安定してきて、安心して仕事が任せられるようになってきた。そうすると何もかもがおもしろくなったみたいで、近頃は本当に生き生きと働いていた。

    ■お前って、かわいい奴

     そして遂に準MVP受賞。いつもは堂々としていて(横柄とも言える)、雄弁な彼が、もらった表彰状を見つめてしばし茫然と壇上に立ち尽くしている。受賞者のスピーチで再び壇上に上がった時も、しどろもどろで何を言っているのかわからないくらい彼は動揺していた。そこがまた、すごくかわいかった。
     当時、彼の教育問題で一緒に頭をかかえていた部長はもうこの会社にいない。そして課長も別の課に異動してしまった上、今日はまだ休暇から帰っていなかった。「彼らがここにいたら涙を流して喜ぶだろう」と他のマネージャーにコメントされたが、おいおい、私だって涙が出るほど嬉しいよ。わかってないなぁ、と思いつつ、CO3に行くために社を出ようとした時、彼が駆け寄ってきて「のりこさん、ありがとうございます!」と握手を求めて来た。「おお、お前はわかってくれたか」とまたうれしくなった。これからも大いに頑張ってくれぃ! 応援してるからさっ。
    P.S. それから彼はみんなと飲みに行って、朝まで飲んでいて、5時頃会社に戻ってきた。今、私のそばで椅子を並べてぐーぐーと寝ています。(私は仕事をするために戻ってきた。え? 仕事してないじゃないかって? そうだね。)

    1月4日(日)〜6日(火)失敗の連続

    ■第一の失敗 〜 やると思ったんだぁ...

     またまた、困ったちゃんバージョンです。誰に腹を立てているかって、そりゃ、自分にです。自分に腹が立つ時ほど困ることはありませんよね。怒りの持っていき場がなくて...。1月4日。そう、ダンスが終わって帰る日です。帰り支度をしている時のことです。駐車場はダンスホールからの方が近いので、ホールに持っていった荷物はそのまま車に運ぼうと思って、部屋に持っていきませんでした。ついでにビデオの充電をしておこうと、ホールの後ろのコンセントに充電器とバッテリーを差しました。そうです。そのまま忘れて来てしまったのです。うっうっう。くすん。最終日にNew Yorkで今回および夏のビデオを見ようと思ったのにぃ...。充電器はAC電源を兼ねているので、どうにもならない、ということに気づいた時はさらにショックでした。幸いClarkが見つけてくれたので、送ってもらうことにしましたが...。しばらく、ビデオはおあずけです。

    ■第二の失敗 〜 買ったばっかりなのにぃ

     次は成田での失敗です。車をLong Term Parkingに預けていて、そこに行くまでは送迎バスなんだけど、今日は人が多くて乗りきれなかった。寒空のした、そのまま次の送迎バスを待つことになり、暇だから通信していました。「あ、バスが来た」と慌てて、いろいろ片付けたのですが、その時、PHS通信用のモデムカードにつながっているケーブルをぶちっと外し、ジャケットのポケットに突っ込んだ。確かに突っ込んだんだ。が、しかし...あとになってこれが見つからない。バスの中で同じくポケットに突っ込んだPHSを出したから、その時に落としたのかもしれない。もしくは駐車場で車に荷物を積むときに結構動いたから、その時に落としたのかもしれない。いずれにしろ、ない。諦めの早い私ですから、帰りがけにアステルショップに寄ったんだけど、ケーブルだけは売ってくれないって。くすん、くすん。行きの成田と帰りの成田でそれぞれ1回つかっただけなのにぃ...。

    ■第三の失敗 〜 今まで絶対にやらなかったことなのに...

     疲れていたんですね、相当。帰りに猫を拾いに実家に行きました。実家の鍵は自宅の鍵と一緒になっています。ガレージを開け、実家に置いておく荷物を降ろし、ガレージの中の扉の鍵を開けた。この扉が結構重い。中に入ると猫の情けない泣き声がする。きっと、これでちょっと気がせってしまったんだと思う。鍵を靴箱の上に置いて、扉の前まで持ってきた荷物を取りに、再び外に出る。「ガチャン」。扉が閉まってしまった。洒落じゃないけど、「しまった!!」と思いました。そうです。うちの実家は、どこもかしこもオートロックなんです。
     車の鍵はあったので、家には帰れるものの、家の鍵が...。二階に兄貴夫婦が住んでいるんだけど、今日に限っていない。隣のマンションに二番目の兄貴夫婦が住んでいるので、こっちは絶対にいるだろうと思ったが、いない。うえ〜〜〜〜ん。早く帰りたいのにぃ〜〜〜。って感じでした。その後、兄と電話で連絡がついて、なんとかなりましたが、踏んだり蹴ったりというか...。早く寝た方がいいですね。

    1月3日(土)〜4日(日)しあわせの時

    ■初めての「仲間」入り

     ダンス日記の特別編にも書きましたが、ニューハンプシャーでのダンス旅行3日目の夜、Lynette達と一緒に飲めたことが何よりも嬉しかったことでした。あの時、いつまでもダラダラとしゃべっていたから。そして、「私もワインを持っているよ」と言えたから。いいタイミングで仲間に入れてもらえた。実はあのワインはNJで英さんに「あっちに行って禁酒生活じゃかわいそうだから」と差し入れて(?)もらったものです。なんとなく、あそこでそう言えた(「ワインあるよ」と)ことによって参加資格ができたような感じもなきにしもあらずだったので、ゆみぴーと2人で「英さん、ありがとう!」と感謝していました。

    ■認めてもらえたのかしら?

     みなさん、ご存知かどうかわかりませんが、Bill HeimannはアメリカをリードするC4ダンサーです。ワークショップのリーダーであり、テキストやテープ(CD)なども製作・販売していて、「ただ者じゃない」って人です。踊っている時は、常に残りの7人が正しく動いているかどうかを確認し、危ないところでは指令を飛ばす、別名「指令塔」。コーラーが変なコールをすれば、チップの後に抗議しにいくし、みんなが踊れなかったら休憩時間にまずかったポイントをやり直し、踊れなかった人がきちんと理解するようにしている。そんなBill Heimannに「いいダンサー」として認められたいと、初めて出会った時から2年間頑張ってきました(これまでに一緒に踊った機会は6回)。初めてNew Yearに参加した時の私はメタメタだったので、いくらお世辞の上手なHeimannも、決して私を甘やかしませんでした。でも、機会を重ねる度に、「上手になったね」と褒めてもらい、でも「まだまだこれはお世辞込み込みだ」と思いつつ、それなりに嬉しい思いをしてきました。それが、今回は最終日のダンスで不審なコールがあった時、彼は私のところに意見を求めに来たんです! 全然違うセットで踊っていたのに、わざわざ私のところに歩いてきたんですよぉ! これはとっても光栄な話で、「ああ、認めてもらえた!」って思いました。

    ■さびしいけど...うれしい!

     ダンスがすべて終了して、いよいよお別れの時間です。昨晩飲んだ仲間は昼食も食べずに旅立ってしまう。終わっちゃったよぉ〜、さびしいよぉ〜、って瞬間ですが、それぞれが別れを惜しみに来てくれた。そして恒例のHUG, HUG。不思議なことに女性はHUGしてこない(する人もいないではないけど)。で、憧れのGeo & PatrickともHUG, HUG。とっても気持ちよかった(うふふっ)。Patrickは急激に太ってきていて、抱きつくとぽっこりと盛り上がったお腹に跳ね飛ばされる感覚があったけど、Geoちゃんは相変らず絞まったいい体をしていました。最初にゆみぴーがぎゅーっと抱きしめられているのを見て、「ああ、しあわせの瞬間だぁ」と思いました。その図がなんとも....美しかった。私の番になった時はちょっと興奮しちゃって、あまり喜びを噛みしめられなかったかもしれない...。

    12月28日(日)ううう、アステルぅ〜

    ■「やさしさをありがとう」と思った瞬間

     昨日の時点ではもう諦めた「ピッチ(PHS)からの通信」だったんだけど、夕方兄貴からの電話で起こされて、急に「やっぱり買うぞ!」とベッドを飛び出した。今の私に必要なものは「32kbps対応」のピッチ(普通のはもう持っている)とアステルのデータカード。
     今持っているものからの「乗り換え」手続きのためにはアステルショップに行かなきゃいけないけど、多分、年末年始のスケジュールでどこも5時で終わり。今は4時ちょい前。池袋に行ったら間に合わない。ん? 所沢にもあるぞ。よしっ、これだ! と飛び出した。でも、電話機そのものは、アステルショップで買うと定価(4万円前後)で買わされる。その辺のお店ならタダに近い値段、高くても3〜4千円で買える。外部で買うと「新規購入」扱いになるため、登録手数料が3千円。すぐに解約しても、最初の月の基本料金などが取られるから、またさらに3千円。合計1万円ほどの出費になるが、3〜4万で買うよりゃずっと安い。だからあちこち探して結局ダイエーで見つけた。結構種類もある。欲しい機種もあった。でも、データカードがないらしい。それでは意味がない。「明日には日本を発つので今日中に手に入れたい」と事情を話したら、最初は頼りなげに見えた店員の男の子は、一生懸命ショップを探してくれた。今日、遅くまで営業していて、データカードのあるところで、そこそこ近いところ、という条件で。何度も何度も私のところに戻ってきて、「じゃあ、それも聞いてみます」と頑張ってくれた。(でも、海外じゃあピッチは使えないということを彼は知らないのだろうか? 何も疑問を持たなかったようだが...)
     「見つけましたっ!!」と彼が駆け寄って来た時は、なんだかすごく嬉しかった。本当はファックスモデムが欲しかったんだけど、それはなくて、ワンランク下のデータカードだった。でも、それでいいことにした。とりあえずは「成田から通信する」という希望は叶えられるのだから。それから登録の手続きをして、いざ立川へ。

    ■ガ〜ン! なんてこったぁ!

     立川に着いて、ちょっと迷ったけど、アステルショップ(いや、ここはアステルコーナーだった)を見つけた。店員さんが他のお客さんを相手していたので、しばし待つことに。その時、ふと、展示されている商品を見ると.....ガ〜ン! 今、3500円で買った機種の下には「3500円」に×がついた値札がついている! つ、つまり、こっちの方が安いのじゃあ! しかも、ここで買えば新規登録料も1か月分の基本料金も取られない。 しかも! 今日買った物を今日解約することはできないので、しばらくは2つの電話番号で暮らさなくてはいけない。私の大嫌いな二度手間だ。うっうっう...。何もかもが裏目に出た。

    ■泣き面に蜂とはこのことか

     しょうがない。それでもブツが手に入ったのだから、後は楽しもうじゃないか。と、一生懸命ポジティブに考えてみる。通信の実験をするのが待ち遠しくて、いそいそと帰りました。で、試してみたものの...うまくいかない。それから延々延々延々何時間もチャレンジしているんだけど、どうしてもうまくいかない。原因はわかっている(多分)。ドライバがインストールできないのだ。なぜならば...リブレットにはカードスロットが1つしかなくて、モデムを差すとFDドライブが差せない。FDを差すと、モデムが差せない。という状況になっているためである。おいっ! どうしろって言うんじゃい。他のリブレットユーザーはどうしているんだよぉ〜〜〜〜〜! 誰か教えてくれい。
     てなわけで、結局何もかもが無駄足となってしまった。だったらこんなに慌てて妥協をして買わなくてもよかったのに...。と後悔...いや反省しています。くすん。



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