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=== Prologue ===
To Be or Not To Be...
 「コーラーになる」ということを考え始めたのはいつのことだろうか。ずっと前だったような気がする。考えては否定して、考えては否定しての繰り返しで、何度目かの否定の後の1996年の11月、JNACCに相良さんが初の女性コーラーとして参加した時にみんなに「のりちゃんもやりなよ」と言われたのを覚えている。しかし、その時は全くその気はなかった。

 一年後、今度は実行委員としてJNACCの準備をしている時、予定していたコーラーが来れなくなる、という事態が生じた。冗談で「じゃあ、その穴は私が...」なんてことを言ってみた。この時はちょっとその気があった。もちろんどんなに頑張っても、1か月やそこらでJNACCなんていう大舞台でコールできるようになれるとは思ってはいなかったが。

 そもそもなぜ、多少なりともその気がありながら今までやらなかったのか。それは、いろんな言い方が出来るのだが、一番かっこよく言えば「評論家としての立場を大事にしたかった」からだったと思う。

 私はコーラーに対して“うるさい”。いろいろと注文をつけるし、「これはおかしいんじゃないか」と議論をふっかけることもある。これは性格でもあるが、CSC(Caller Support Company)の立場としてやっている部分もある。しかし、実際に私達が出している要求をこなすのは非常に難しいことだとも思っている。だから、自分がコーラーになってしまったら、「自分が出来ないことをみんなに要求するのか」という問題が生じるのは目に見えている。「なんでコーラー、やらないの?」と聞かれた時は、冗談めかして「あんな風に(自分が言っているように)いろいろ言われる側にまわるのはまっぴらごめん」と言ってきたけど、これは結構本音だったりする。

 それでは逆に、なぜ「コーラーになりたい」と思うのか。「なりたくない」という気持ちも本音であるが、そうやって自分の気持ちを否定しなければいけなかったというのは、裏返してみればそこに「なりたい」という気持ちがあったということ。それはなぜなのか?
 これはあまり考えたことがなかったが、改めて見つめ直してみよう。今、やりはじめた理由はある。しかし、それは現実的な理由であって、何年も前から自分がやりたいと思っていたことの理由にはならない。

 性格的に「いろんなことにチャレンジしてみたい」という部分がある。ダンスを始めて、記録を作ることに一生懸命だったかのごとくチャレンジの階段を駆けのぼったが、今、C4を踊っていて、自分がC4ダンサーとしてまだまだであることはわかっているが、今までのようにがむしゃらにやればゴールに届くという感じでもない。随分前から、なんとなくではあるが、そんな閉塞間を感じていた。

 人前に立ってパフォーマンスをする、ということに対する憧れもある。決して得意ではない。ただ、得意ではないものの、子供の頃から人前に立たざるを得ない場面が多く、うまくいった時の快感は知っている。自分の手で人を喜ばせたい・楽しませたいという気持ちもある。ダンサーとしても一緒に踊っていて楽しいダンサーになりたいと思っているが、コーラーの影響力はそれには比べ物にならないくらい大きい。

 コーラーは、成功した時のよろこびも影響力も大きい。しかし、その分、苦労も大きい。私は多くのダンサーはコーラーがコールするためにしている努力、費やしている時間や知力を軽視しすぎていると思っている。私は注文は多いが、コーラーの苦労はそれなりにわかっているつもり。わかっているからこそ「よかった」「よくなかった」と反応を返してあげるのが礼儀だと思っている。ただ、私の「わかっている」はあくまでもダンサーの立場から、コーラーの立場を“想像して”思う域を出ていない。もっとコーラーを理解したい。そんな思いも手伝って、私自身「コーラーになりたい」と思うのかもしれない。


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